入場券のオンライン販売

アンボワーズ城の歴史に戻る

17世紀から19世紀にかけての、王城にまつわる著名人について

王城の主な滞在者

王城の主な滞在者

フランソワ1世の時代から、宮廷はフォンテーヌ・ブローとルーブルにも滞在するようになりましたが、アンボワーズはアンリ2世の時代まで王侯貴族が好んだ地であり続けました。アンリ3世以降は、君主がアンボワーズに滞在することはまれになりました。アンリ4世の時代に、宮廷はトゥーレーヌ地方を永久に去り、イル・ド・フランス地方へ移りました。それ以降、アンボワーズ城は、ブルボン王朝の君主が旅行する際の、宿泊地としてのみ使用されるようになりました。 ルイ13世とルイ14世は数回に渡ってアンボワーズ城に滞在しました。ルイ14世の孫であるアンジュー公フィリップは、1700年12月11日から13日、スペインに向かう途中にアンボワーズに滞在した後、スペインでフェリペ5世として戴冠しました。

その一方で、フランスの財務卿であったニコラ・フーケはアンボワーズ城の望まれない客でした。フランス王を称える豪華な祝宴を、彼が所有していたヴォー・ル・ヴィコント城で催した後、1661年9月5日にナントで、彼は今日も著名なマスケット銃士隊長のダルタニャンの手で逮捕されました。彼はピネローロ要塞に向かう途中に1661年12月4日から16日の間アンボワーズ城に監禁され、1680年3月23日ピネローロ要塞で死去しました。アンボワーズでは、囚人に対する慣わしとして、城の入り口の下に位置する牢獄に入れられていました。彼がアンボワーズに滞在したことから、その友人であったジョン・ドゥ・ラ・フォンテーヌは、1663年8月にアンボワーズ城に巡礼しました。

1 2 3

Facebook Tripadvisor Twitter Instagram Google +