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アンボワーズ城の歴史に戻る

15世紀から16世紀にかけてのヴァロワ家の宮廷

アンボワーズの陰謀

1560年、アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの長男である新国王フランソワ2世は16歳でした。彼はその前年にスコットランド女王メアリー・スチュアートと結婚していました。 当時の実権は王妃メアリーの伯父ギーズ家が握っており、ギーズ家は新教徒(プロテスタント)の弾圧を政策としていました。 コンデ公を支持する新教徒たちは、1560年3月27日と29日に、アンボワーズ城でフランソワ2世を誘拐し、ギーズ家の影響を排除しようと企てました。しかし陰謀を企てた彼らは捕らえられ、略式の裁判にかけられ、広場で処刑されてしまいます。その中で陰謀を率いたとされる者たちは、「みせしめとして」城のバルコニーに吊るされました。 16世紀初めに神学上の論争から始まった宗教の対立は、この二つの事件を経て政治的抗争に取って代わられました。王国の主要貴族の間に起こった争いは、1572年のサン・バルテルミーの虐殺において頂点に達しました。1598年にアンリ4世が発行したナント勅令が、双方の宗派の和平と自由を保障することにより、長く続いた抗争はようやく休戦状態に入りました。

 
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